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エジプトに到着☆
2007.07.05 Thursday
今日からいよいよエジプトへ旅立ちです!初めて海外一人で旅行したときは、それはそれは緊張と不安の塊で、「私はきっと死にに行くのだ」っと思ったぐらいだけど、回数を重ねる後とに不安んどんかき消されていき、いまやその不安はどこへやら。出発の時間が近づくごとに気持ちが高まり、うきうきして顔がついついにやけてしまう。
10時過ぎに家を出て、12時半前に成田に到着。先に愛知から成田に到着していたヒラデは、トンボのようなサングラスをつけて登場したので、一瞬誰だかわからなかった。大きなザックを引き下げて二人でカウンターへ向かい、チケットを受け取る。今回は飛行機を計6回も乗り継ぐので、さすがチケットも多い!なんか旅へ行くのだなぁ、っと独りしみじみしてしまう。
無事チェックインを終え、出国の荷物チェックということで、リュックからパソコンを取り出す。そして目を開く。わー!本体がめちゃめちゃ熱い!「えーどうしてだろう?!」軽くパニック。どうやらちゃんとシャットダウンしないうちにノートパソコンの蓋をしめてしまってたみたいで、リュックという密室空間の中で熱の逃げ場がなく、パソコンの温度はどんどん上昇してしまったらしい。電池ももう切れる寸前だ。急いでシャットダウンしたが、ちょっと心配になった。
出発時間まで免税店を物色して、いよいよエジプトへ出発です!私たちの席の近くには団体のおばさんたちによって占拠されており、終始にぎやか声が響いていた。機内では昼食、間食、夕食の3回食事が出されたのですが、間食に何を出されのは、「鮭のおにぎり」となんと「もみじまんじゅう」でした。なんで、もみじまんじゅうなんだろう?!気になって、今夜も眠れない。

離陸のとき、東京の天気は曇りで厚い雲に覆われていたけれど、雲を抜けると視界には真っ白な雲の海だった。真っ白で綺麗だぁ。やがて、日は沈み、地平線には美しい光の筋が見えてきた。左の彼方に一番星も見える。
やっぱり何事も、自然の美しさには叶わないなぁ。
日本を出発して14時間、エジプトの町の明かりが見えてきた。いよいよ到着だ!ついに来たのだなあ。感慨深く浸っていると、着陸を迎えた瞬間、後ろのおばさんが「うん、上手っ。」っとパイロットの操縦を評価していた。
おばさん、ナニモン?
10時過ぎに家を出て、12時半前に成田に到着。先に愛知から成田に到着していたヒラデは、トンボのようなサングラスをつけて登場したので、一瞬誰だかわからなかった。大きなザックを引き下げて二人でカウンターへ向かい、チケットを受け取る。今回は飛行機を計6回も乗り継ぐので、さすがチケットも多い!なんか旅へ行くのだなぁ、っと独りしみじみしてしまう。
無事チェックインを終え、出国の荷物チェックということで、リュックからパソコンを取り出す。そして目を開く。わー!本体がめちゃめちゃ熱い!「えーどうしてだろう?!」軽くパニック。どうやらちゃんとシャットダウンしないうちにノートパソコンの蓋をしめてしまってたみたいで、リュックという密室空間の中で熱の逃げ場がなく、パソコンの温度はどんどん上昇してしまったらしい。電池ももう切れる寸前だ。急いでシャットダウンしたが、ちょっと心配になった。
出発時間まで免税店を物色して、いよいよエジプトへ出発です!私たちの席の近くには団体のおばさんたちによって占拠されており、終始にぎやか声が響いていた。機内では昼食、間食、夕食の3回食事が出されたのですが、間食に何を出されのは、「鮭のおにぎり」となんと「もみじまんじゅう」でした。なんで、もみじまんじゅうなんだろう?!気になって、今夜も眠れない。

離陸のとき、東京の天気は曇りで厚い雲に覆われていたけれど、雲を抜けると視界には真っ白な雲の海だった。真っ白で綺麗だぁ。やがて、日は沈み、地平線には美しい光の筋が見えてきた。左の彼方に一番星も見える。
やっぱり何事も、自然の美しさには叶わないなぁ。
日本を出発して14時間、エジプトの町の明かりが見えてきた。いよいよ到着だ!ついに来たのだなあ。感慨深く浸っていると、着陸を迎えた瞬間、後ろのおばさんが「うん、上手っ。」っとパイロットの操縦を評価していた。
おばさん、ナニモン?
- 2007.07.05 Thursday
- エジプト
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スフィンクスとピラミッド
2007.07.06 Friday
夜中に何度も起きてしまった。宿のある場所がたまたま外がうるさい位置にあるのか、はたまたイスラムの人たちが夜中に元気になるかわからなかったが、夜中の3時に目が覚めたときも外は騒がしかった。一体何をしているのだろう?
二人で6時半に起床し、近くのパン屋で買ったパンとジュースを片手にタフリール・市内バス乗り場へ向かった。いよいよエジプト旅行のハイライトであるギザのピラミッドとスフィンクスを見に行くということで、自然と足が軽くなる。宿から10分ほど歩き、市内バス乗り場に到着。が!・・・さて、目的であるギザ行きのバスがどこにあるのか、さっぱり分からない。昨日ギザへ行ったチカちゃんの話によると、『ギザ行きのバスはロータリーをぐるぐる回っているので、それに飛び乗らなければならない』って聞いていたけど、ロータリーを回るバスが見当たらない。とにかくこれは聞くしかないということで、「ギザ、ギザ」大作戦に出ることにした。そのあたりの人たちに「ギザ」を連呼するだけのとてもシンプルな作戦。決行すること約10回、ようやくギザ行きのバスにたどり着くことができた。案内されたのはガイドブックには乗っていない337番というバスだが、案内してくれたおじさんの感じによるとこのバスもギザの近くまで行くというので、ここはひとまず信用して乗車することにした。
案内してくれたおじさんは英語が全く話せないのだけれども、バスに乗ったあとも色々とアラビア語で話しかけてきてくれた。そこで、ヒラデが持参してきた「指差エジプト語」でしばし会話する。エジプトでは結構英語が通じるけど、英語が通じない人にはこの本は本当にもってこいだなぁって思う。別にかっこよくないけど、「かっこいい」って単語を指差し、おじさん少し照れ笑い。エジプトに来てまだ2日目だけど、エジプトの人たちは親切だと思う。さっきだってギザギザ作戦のときに聞いたエジプト人の物売りのおじさんは私たちをバスに誘導てくれただけではなく、「ウェルカム ツー エジプト!」といって握手してきたし、道に立ち止まって地図とにらめっこしてくれると「大丈夫か?」っと声をかけて助けてくれるし、宿のお兄さんたちもすごくフレンドリーでいつも話しかけてきてくれるし、全体的にとても陽気な人たちなんだなぁって思う。
バスに乗ること30分、おじさんが「ここだよ」っというジェスチャーをするので、私たちはすばやくバスから飛び降りた。そしたら、さっき案内してくれたおじさんも降りた。『あら?なんで?』って思っていたら、おじさんが「こっちだ」っと言って先を歩いてゆく。さっきバスを降りるときに「道なりに10分ほどまっすぐいくといい」っと英語のできるおっちゃんが教えてくれたので、別にもうここまで来たら分かるのになぁ・・・・っと内心思いながら歩いていると、少し霞がかかった空の中、左手にピラミッドが見えてきた。「おー!」その大きさに思わず声をあげる。街中にあると聞いていたが、やっぱり突如現れると、驚くものである。おじさんは時折アラビア語で話をしつつ、私たちをそのまま誘導し続けてくれるので、私たちは次第に『このおじさんの親切に何か裏があるのでは?」っと疑いを持ち始めていた。でもその不安もどこへやら、10分後無事にクフ王の入場口付近に到着すると、おじさんはそのまま「バイバイ」っと行って、右のほうへ行ってしまった。もっぱら、私たちが「もうここで大丈夫です!!」って言ったっていうものありますが。
坂道の途中にあるラクダやロバの乗りの勧誘を追い払いながら道なりに進んでゆくと、クフ王前のゲートが見えてきた。一人50ポンド(約1000円)の入場料を払い入場して、一息つく。目の前にはどーんと聳え立つピラミッドを見てしばし呆然。さすが目の前にすると、すごい迫力だー。近づいてよく見てみると、一つ一つのブロックの高さは約1m近くあり、私の胸の辺りまで来ている。一つ一つのブロックはどれも形・サイズ共にばらばらなのだが、上手い具合に組み合わせて一つのピラミッドの形を作っているのである。遠くでみていると気づかなかったが、近くで見るとまた違った印象を受けた。それにしても、古代エジプトの人たちは、どのようにしてピラミッドの形を作り上げたのだっけ?何度かテレビ番組で見たことあるが、こういうときに限ってその内容が思い出せないでいる。まぁ、またいつか「世界ふしぎ発見!」あたりが特集すると思うから、そのとき見てみることにしよう。

二人で6時半に起床し、近くのパン屋で買ったパンとジュースを片手にタフリール・市内バス乗り場へ向かった。いよいよエジプト旅行のハイライトであるギザのピラミッドとスフィンクスを見に行くということで、自然と足が軽くなる。宿から10分ほど歩き、市内バス乗り場に到着。が!・・・さて、目的であるギザ行きのバスがどこにあるのか、さっぱり分からない。昨日ギザへ行ったチカちゃんの話によると、『ギザ行きのバスはロータリーをぐるぐる回っているので、それに飛び乗らなければならない』って聞いていたけど、ロータリーを回るバスが見当たらない。とにかくこれは聞くしかないということで、「ギザ、ギザ」大作戦に出ることにした。そのあたりの人たちに「ギザ」を連呼するだけのとてもシンプルな作戦。決行すること約10回、ようやくギザ行きのバスにたどり着くことができた。案内されたのはガイドブックには乗っていない337番というバスだが、案内してくれたおじさんの感じによるとこのバスもギザの近くまで行くというので、ここはひとまず信用して乗車することにした。
案内してくれたおじさんは英語が全く話せないのだけれども、バスに乗ったあとも色々とアラビア語で話しかけてきてくれた。そこで、ヒラデが持参してきた「指差エジプト語」でしばし会話する。エジプトでは結構英語が通じるけど、英語が通じない人にはこの本は本当にもってこいだなぁって思う。別にかっこよくないけど、「かっこいい」って単語を指差し、おじさん少し照れ笑い。エジプトに来てまだ2日目だけど、エジプトの人たちは親切だと思う。さっきだってギザギザ作戦のときに聞いたエジプト人の物売りのおじさんは私たちをバスに誘導てくれただけではなく、「ウェルカム ツー エジプト!」といって握手してきたし、道に立ち止まって地図とにらめっこしてくれると「大丈夫か?」っと声をかけて助けてくれるし、宿のお兄さんたちもすごくフレンドリーでいつも話しかけてきてくれるし、全体的にとても陽気な人たちなんだなぁって思う。
バスに乗ること30分、おじさんが「ここだよ」っというジェスチャーをするので、私たちはすばやくバスから飛び降りた。そしたら、さっき案内してくれたおじさんも降りた。『あら?なんで?』って思っていたら、おじさんが「こっちだ」っと言って先を歩いてゆく。さっきバスを降りるときに「道なりに10分ほどまっすぐいくといい」っと英語のできるおっちゃんが教えてくれたので、別にもうここまで来たら分かるのになぁ・・・・っと内心思いながら歩いていると、少し霞がかかった空の中、左手にピラミッドが見えてきた。「おー!」その大きさに思わず声をあげる。街中にあると聞いていたが、やっぱり突如現れると、驚くものである。おじさんは時折アラビア語で話をしつつ、私たちをそのまま誘導し続けてくれるので、私たちは次第に『このおじさんの親切に何か裏があるのでは?」っと疑いを持ち始めていた。でもその不安もどこへやら、10分後無事にクフ王の入場口付近に到着すると、おじさんはそのまま「バイバイ」っと行って、右のほうへ行ってしまった。もっぱら、私たちが「もうここで大丈夫です!!」って言ったっていうものありますが。
坂道の途中にあるラクダやロバの乗りの勧誘を追い払いながら道なりに進んでゆくと、クフ王前のゲートが見えてきた。一人50ポンド(約1000円)の入場料を払い入場して、一息つく。目の前にはどーんと聳え立つピラミッドを見てしばし呆然。さすが目の前にすると、すごい迫力だー。近づいてよく見てみると、一つ一つのブロックの高さは約1m近くあり、私の胸の辺りまで来ている。一つ一つのブロックはどれも形・サイズ共にばらばらなのだが、上手い具合に組み合わせて一つのピラミッドの形を作っているのである。遠くでみていると気づかなかったが、近くで見るとまた違った印象を受けた。それにしても、古代エジプトの人たちは、どのようにしてピラミッドの形を作り上げたのだっけ?何度かテレビ番組で見たことあるが、こういうときに限ってその内容が思い出せないでいる。まぁ、またいつか「世界ふしぎ発見!」あたりが特集すると思うから、そのとき見てみることにしよう。
- 2007.07.06 Friday
- エジプト
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めんどくさいお買い物
2007.07.07 Saturday
今日は特に観光を予定をしていなかったので、二人揃ってゆっくりめに起床する。出かける準備していると、ビザの延長手続きから戻ってきたふみさんが今日スルタン組みで自炊しませんか、という話をしてきた。本当は今晩、列車かバスでルクソールへ行くことを考えていたが、昨日、サファリで夕食を食べる前にそのような話をされて、なんだかおもしろそうに思えたので、スルタンにもう一日滞在を伸ばす気でいた。それにしてもふみさんは何かと腰が低い。自炊の話をしているときでも、あまりにも気を使わせてしまい、こっちが申し訳なく思えてきた。
しかし、いざ私たちがルクソールへの列車かバスの時間を調べに出かけようとすると、ふみさんが「今日8Fのサファリへ移動することにしたので、今日の自炊はなしで」という話になった。なんだかすごく気を使っている感じだったし、私たちもちょっと安心した。ということで、今日の夜の予定はなくなったし、もうルクソールへ移動しようかっという話になり、私たちは急遽近くのラムセス駅でルクソール行きのチケットを買いに行くことにした。ルクソールへ行く方法はバスと電車の二つの方法があるが、ルクソールへは列車での移動が一般的らしい。
ラムセス駅へ向う途中、二人は無言だった。ここ最近ヒラデは元気がなく、口数も少ない。彼女にとっては今回が初めてのバックパッカーでの旅行なので、何かと緊張しているし、ストレスを抱えているのは私もわかっていたから、「何かあったら言ってね」っといつも言っていたが、彼女は「うん。」っと元気のない笑みを浮かべながらうなづくだけだった。しばらく様子を見ていたが、明らかに何か言えずにいるようだった。彼女に思い切って心配していることを伝えると、彼女は少し涙を浮かべながら、右左もわからなず、慣れないバックパックの旅行に少しストレス感じていて、私の足をひっぱらないように、ひっぱらないように、っと気を使っていたと打ち明けてくれた。アラブのお国柄と言葉が通じないことにも、とても戸惑っていたようだ。それは私も痛いぐらいわかっていたので、正直に話してくれてすごくうれしかった。その後駅までの短い間、お互いの気持ちを素直にぶつけ合い、彼女も元気を取り戻すことができたようだった。まだまだ先の長い二人旅、彼女の笑顔を見れて、私は二人での旅をスタートすることができた気がした。

ラムセス駅。
車のクラクションの波を命がけで超え、ようやくラムセス駅に到着することができた。地下道を使ってチケット売り場までたどり着くと、私たちはまず2等席のチケットブースに行ったが、今日・明日とチケットはもう完売でないとのこと。何人かの人から2等のチケットはなかなか買えないっと言っていたが、やっぱり本当なんだなぁ。仕方がなく、1等席の当日券売り場で聞いてみると、チケット売り場のおばさんはA3の紙をぺらぺらめくり、なにやら記入している。記入が終わると「1人73ポンド」っと言われ、そのまま二人の料金を払うと、白いちっちゃな厚紙に車両番号と席が記載されたチケットを渡された。なんとも簡素なチケットだなぁ。ということで、無事本日ルクソール行きのチケットを購入することができたのでした。それにしても、昨日宿で1等を利用した人は料金が69ポンドと言っていたが、なんで私たちは74ポンドなんだろうか?隣に英語がわかるお兄ちゃんがいたので、ブースのおばさんにアラビア語で聞いてもらうと、列車の種類によって料金が異なるらしい。事情がよくわからないが、とにかくそうらしい。
無事チケットを購入することができたので、私たちは急いで宿に帰ることにした。現在の時刻11時40分、チェックアウトの時間は12時。早足で宿に戻り、荷物をまとめた。ロビーで宿の前の露店で買ったアメリカンチェリーを食べながら、ギザから戻ってきたさやかちゃんと楽しくおしゃべりする。旅をはじめて6ヶ月、「今まで大変なことはなかった?」っと聞いてみると、パリで駅で荷物を柱にくくりつけて少しの間その場を離れていたら、戻ってきたときには駅が封鎖されていて、自分の荷物の周り「不審物」としてにテープが張られ、警官に囲まれていたとのこと。アジアの国でよくやっていただけに、大丈夫だろうと思ってやったら、テロとか何かに間違われてしまったらしい・・・。勇気を振り絞って「私の荷物です・・・。」っと言って取り戻すことができたものの、警官には怒られ、罰金も払わされそうになったみたい。結果的に大事にならなかったからよかったものの、もう少し遅かったらメディアが駆けつけて、ニュースになっていたかもしれない・・・。たらー。
しかし、いざ私たちがルクソールへの列車かバスの時間を調べに出かけようとすると、ふみさんが「今日8Fのサファリへ移動することにしたので、今日の自炊はなしで」という話になった。なんだかすごく気を使っている感じだったし、私たちもちょっと安心した。ということで、今日の夜の予定はなくなったし、もうルクソールへ移動しようかっという話になり、私たちは急遽近くのラムセス駅でルクソール行きのチケットを買いに行くことにした。ルクソールへ行く方法はバスと電車の二つの方法があるが、ルクソールへは列車での移動が一般的らしい。
ラムセス駅へ向う途中、二人は無言だった。ここ最近ヒラデは元気がなく、口数も少ない。彼女にとっては今回が初めてのバックパッカーでの旅行なので、何かと緊張しているし、ストレスを抱えているのは私もわかっていたから、「何かあったら言ってね」っといつも言っていたが、彼女は「うん。」っと元気のない笑みを浮かべながらうなづくだけだった。しばらく様子を見ていたが、明らかに何か言えずにいるようだった。彼女に思い切って心配していることを伝えると、彼女は少し涙を浮かべながら、右左もわからなず、慣れないバックパックの旅行に少しストレス感じていて、私の足をひっぱらないように、ひっぱらないように、っと気を使っていたと打ち明けてくれた。アラブのお国柄と言葉が通じないことにも、とても戸惑っていたようだ。それは私も痛いぐらいわかっていたので、正直に話してくれてすごくうれしかった。その後駅までの短い間、お互いの気持ちを素直にぶつけ合い、彼女も元気を取り戻すことができたようだった。まだまだ先の長い二人旅、彼女の笑顔を見れて、私は二人での旅をスタートすることができた気がした。
ラムセス駅。
車のクラクションの波を命がけで超え、ようやくラムセス駅に到着することができた。地下道を使ってチケット売り場までたどり着くと、私たちはまず2等席のチケットブースに行ったが、今日・明日とチケットはもう完売でないとのこと。何人かの人から2等のチケットはなかなか買えないっと言っていたが、やっぱり本当なんだなぁ。仕方がなく、1等席の当日券売り場で聞いてみると、チケット売り場のおばさんはA3の紙をぺらぺらめくり、なにやら記入している。記入が終わると「1人73ポンド」っと言われ、そのまま二人の料金を払うと、白いちっちゃな厚紙に車両番号と席が記載されたチケットを渡された。なんとも簡素なチケットだなぁ。ということで、無事本日ルクソール行きのチケットを購入することができたのでした。それにしても、昨日宿で1等を利用した人は料金が69ポンドと言っていたが、なんで私たちは74ポンドなんだろうか?隣に英語がわかるお兄ちゃんがいたので、ブースのおばさんにアラビア語で聞いてもらうと、列車の種類によって料金が異なるらしい。事情がよくわからないが、とにかくそうらしい。
無事チケットを購入することができたので、私たちは急いで宿に帰ることにした。現在の時刻11時40分、チェックアウトの時間は12時。早足で宿に戻り、荷物をまとめた。ロビーで宿の前の露店で買ったアメリカンチェリーを食べながら、ギザから戻ってきたさやかちゃんと楽しくおしゃべりする。旅をはじめて6ヶ月、「今まで大変なことはなかった?」っと聞いてみると、パリで駅で荷物を柱にくくりつけて少しの間その場を離れていたら、戻ってきたときには駅が封鎖されていて、自分の荷物の周り「不審物」としてにテープが張られ、警官に囲まれていたとのこと。アジアの国でよくやっていただけに、大丈夫だろうと思ってやったら、テロとか何かに間違われてしまったらしい・・・。勇気を振り絞って「私の荷物です・・・。」っと言って取り戻すことができたものの、警官には怒られ、罰金も払わされそうになったみたい。結果的に大事にならなかったからよかったものの、もう少し遅かったらメディアが駆けつけて、ニュースになっていたかもしれない・・・。たらー。
- 2007.07.07 Saturday
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ルクソールのおじさんたち。
2007.07.08 Sunday
やっぱり寒かった。長袖のジャケットを羽織って、シーツをかぶって眠ったが、2時間に一回の割合で空調がすごく強くなり、そのたびに震えた。体調が悪いということもあり、用意していたフリースを試しに被ってみたが、なお寒い。一体室温は何度になっているのだ?!っと疑問に思ってしまった。朝、ノースリーブとタオルケット1枚で寝ていたアメリカ人の女の子たちに「寒くなかったか?!」っと聞いてみたら、「凍えたわっ!(It was freezing!!)」って言っていた。
ルクソール駅に着いたのはちょうど9時ごろだった。外に出て一言、「暑い」。太陽が低く、頭上でぎらぎらと輝いている。一息つくまもなく、宿の客引きがやってきた。ルクソールでは特に泊まるホテルを決めていなかったので、とりあえず声をかけてきた中で直感的に一番感じが良さそうに感じたPrincess Hotelのおじさんについてゆくことにした。
ルクソールの街はカイロと全く違い、田舎の街といった感じだった。クラクションのうるさい騒音はなく、静かで、人の数もまばらである。通り過ぎる店を見てみると、羊を解体しており、ちょうどあばらの骨を肉から剥がしているところだった。そういえばカンボジアのプノンペンでは鶏の解体を見たなぁ・・・。
Princess Hotelという宿のネーミングのセンスはさておき、案内された部屋はとても綺麗で、広々と快適な感じだった。料金は25ポンド(約500円)特に空調は求めていなかったが、空調付の部屋しか部屋の中に水場がないということで、大体予想していた15〜20ポンドよりやや高めだったが二人で相談した結果、ここに滞在することにした。ちなみに、朝食もつき。

一息つき、朝食を食べていると、私たちの隣のテーブルで同じく朝食を食べていたフィンランドのドレッドお兄さんが話しかけてきた。金髪のドレッドはなんか迫力あるなぁ。アフリカ旅行中にドレッドにしたのですか?っと聞いてみたら、もともとフィンランドでドレッドだったとのこと。そしてお互い旅の話をしていると、この兄さんはほとんどの国をヒッチハイクで旅をしていることが発覚。2年前に旅したときは、フィンランドからインドまで4ヶ月かけてヒッチハイクして旅していたのだという。わー、なんとファンキーな。イケメンに目がないヒラデはお兄さんをみて「ブラッドピットみたい」っと言って、キラキラさせていた。似てるか(??)
シャワーで汗を流し、ゆっくりしているとさっき宿に案内してくれたおじさんが部屋をノックした。弟を紹介したいのだという。先ほど宿に向かっている途中に、おじさんが「僕のブラザーは日本で働いていたことがあるんだよ。」っと言っていて、内心「本当かな?」っと思っていたのだが、どうやら本当だったらしい。紹介されたモハメッドさん(愛称:もー太郎)さんは、大阪の高槻に6年間在住していたことがあり、お弁当屋さんや土木の仕事をしていたという。あまりにも流暢に関西弁を話すので、びっくりしてしまった。もー太郎さんはとても旅好きで、日本全土を旅をし、中でも京都は大のお気に入りだという。私よりも遥かに京都に詳しそうだ・・・。
世間話の後、もー太郎さんは私たちにルクソールの見所を教えてもらった。観光地は東岸と西岸の二箇所に分かれており、東岸は見るところが限られているので自分たちの足で回ることができるが、西海岸の遺跡は当たりに点在しており、その距離も2キロほど離れているので、ツアーに参加して効率よく見たほうがよいとのこと。ツアーは学生料金の場合は遺跡のチケット料金込みで135ポンドであり、人数が多くなればなるほど安くなるという。「でも学生証を持っていないのですよね・・・」って言うと、年齢を聞かれ、「28歳です」と答えるともー太郎さんは他の人になにやら聞いているようだった。
この後の話をすごく書きたいのだけれども、自分の前職の立場上、ネット上にアップするのはちょっと・・・っと思ったので、書きませんが、エジプトを旅行するとき、学生証を持って旅することをすごくお勧めします!国際学生カードがあれば最高だけれど、なくても日本語の学生証でも全然大丈夫です。この後の話を大体想像して、「詳しく聞きたい!」という方は、個別に聞いてくださいね。目的達成のため、宿のエジプト人のこれまた違うおっちゃん(自称:スズキさん。なんでスズキさんかは、知らない)色々と走り回りました。
ルクソール駅に着いたのはちょうど9時ごろだった。外に出て一言、「暑い」。太陽が低く、頭上でぎらぎらと輝いている。一息つくまもなく、宿の客引きがやってきた。ルクソールでは特に泊まるホテルを決めていなかったので、とりあえず声をかけてきた中で直感的に一番感じが良さそうに感じたPrincess Hotelのおじさんについてゆくことにした。
ルクソールの街はカイロと全く違い、田舎の街といった感じだった。クラクションのうるさい騒音はなく、静かで、人の数もまばらである。通り過ぎる店を見てみると、羊を解体しており、ちょうどあばらの骨を肉から剥がしているところだった。そういえばカンボジアのプノンペンでは鶏の解体を見たなぁ・・・。
Princess Hotelという宿のネーミングのセンスはさておき、案内された部屋はとても綺麗で、広々と快適な感じだった。料金は25ポンド(約500円)特に空調は求めていなかったが、空調付の部屋しか部屋の中に水場がないということで、大体予想していた15〜20ポンドよりやや高めだったが二人で相談した結果、ここに滞在することにした。ちなみに、朝食もつき。
一息つき、朝食を食べていると、私たちの隣のテーブルで同じく朝食を食べていたフィンランドのドレッドお兄さんが話しかけてきた。金髪のドレッドはなんか迫力あるなぁ。アフリカ旅行中にドレッドにしたのですか?っと聞いてみたら、もともとフィンランドでドレッドだったとのこと。そしてお互い旅の話をしていると、この兄さんはほとんどの国をヒッチハイクで旅をしていることが発覚。2年前に旅したときは、フィンランドからインドまで4ヶ月かけてヒッチハイクして旅していたのだという。わー、なんとファンキーな。イケメンに目がないヒラデはお兄さんをみて「ブラッドピットみたい」っと言って、キラキラさせていた。似てるか(??)
シャワーで汗を流し、ゆっくりしているとさっき宿に案内してくれたおじさんが部屋をノックした。弟を紹介したいのだという。先ほど宿に向かっている途中に、おじさんが「僕のブラザーは日本で働いていたことがあるんだよ。」っと言っていて、内心「本当かな?」っと思っていたのだが、どうやら本当だったらしい。紹介されたモハメッドさん(愛称:もー太郎)さんは、大阪の高槻に6年間在住していたことがあり、お弁当屋さんや土木の仕事をしていたという。あまりにも流暢に関西弁を話すので、びっくりしてしまった。もー太郎さんはとても旅好きで、日本全土を旅をし、中でも京都は大のお気に入りだという。私よりも遥かに京都に詳しそうだ・・・。
世間話の後、もー太郎さんは私たちにルクソールの見所を教えてもらった。観光地は東岸と西岸の二箇所に分かれており、東岸は見るところが限られているので自分たちの足で回ることができるが、西海岸の遺跡は当たりに点在しており、その距離も2キロほど離れているので、ツアーに参加して効率よく見たほうがよいとのこと。ツアーは学生料金の場合は遺跡のチケット料金込みで135ポンドであり、人数が多くなればなるほど安くなるという。「でも学生証を持っていないのですよね・・・」って言うと、年齢を聞かれ、「28歳です」と答えるともー太郎さんは他の人になにやら聞いているようだった。
この後の話をすごく書きたいのだけれども、自分の前職の立場上、ネット上にアップするのはちょっと・・・っと思ったので、書きませんが、エジプトを旅行するとき、学生証を持って旅することをすごくお勧めします!国際学生カードがあれば最高だけれど、なくても日本語の学生証でも全然大丈夫です。この後の話を大体想像して、「詳しく聞きたい!」という方は、個別に聞いてくださいね。目的達成のため、宿のエジプト人のこれまた違うおっちゃん(自称:スズキさん。なんでスズキさんかは、知らない)色々と走り回りました。
- 2007.07.08 Sunday
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おかしなガイドと王家の谷ツアー
2007.07.09 Monday
7時起床。ここ最近空港で一夜を明かしたり、外が騒がしかったり、移動だったりしてあまり睡眠がとれていなかったから、久しぶりにゆっくり眠れた気がする。二人で昨日と全く同じメニュ−のパン、卵焼き、ジャム、チーズ、紅茶の朝食食べて、8時の迎えを待った。
8時20分頃、長身で少し頭が涼しげなおじさんが私たちを迎えに来てくれた。おじさんは一言もしゃべらずに私たちをただワゴンに誘導していたので、「このおじさん、一体何者?」っと二人で思っていたが、実は今日のガイドさんだった。ワゴンにはすでに日本人のカップルと、アイルランド人の3名が乗っており、私たちが乗り込むとガイドさんが挨拶を始めた。どうやら7人でのツアーになりそうだ。
さっきまで無口だったおじさんは、マイクを持つとまるで別人のように変わった。まるでどっかのスイッチが入ったように早口自分の経歴を話し、掴みとして各国の観光客の見分け方を寒いギャグを添えてはにやにやと笑いながら話した。ガイドさんの名前はアラディンさん。考古学や歴史以外にも多くを勉強しており、おまけにダイビングのインストラクターもやっているとのこと。180センチぐらいの長身で、はにかんだ笑顔がちょっと不気味。日本にも行ったことがあり、中でも熊本が一番お気に入りらしい。それにしてもルクソールはなんて日本通の多い地域なんだろう。
王家の谷に向っている途中、興味深い話をきいた。現在、エジプトでは主要道路の近くにサトウキビ畑はないとのこと。サトウキビ畑はテロリストが潜伏するのに格好の場所であるゆえ、過去エジプトで起こったテロ事件のすべてサトウキビ畑から襲撃されたものであり、以後、観光客は激減した。事態を重くみたエジプト政府が道路近くのサトウキビ畑を一掃し、現在サトウキビ畑の跡地には、クローバーが植えられているとのこと。
世界最大の川、6670mのナイル川を越えると、前方に土色の山と、四角い窓がいくつもぽつぽつと開いた岩の壁が見えてきた。王家の谷だ!ここルクソールはかつてテーベと呼ばれ、中王国、新王国、そして末期王朝時代の一時期には首都として栄えた。そして新王朝時代の王(ファラオ)たちは盗掘を防ぐためにルクソール西岸にあるこの奥深い谷に、死後の安住の地を求めたのだという。それがこの「王家の谷」だという。残念ながら多くの金銀財宝は盗掘されてしまったが、その中で唯一残されていた宝が、先日カイロの考古学博物館で見たツタンカーメンの宝である。

まず車が止まったのはメムノンの巨像前だった。説明をよく聞いていなかったのでこれが何であるかよくわからなかったが、二体揃って顔はスターウォーズに出てくる悪者の兵士みたいだった。補習されたといっているが、顔は見事につぶれて、特に感想もなし。それよりガイドさんのしょうもない日本のギャグのほうが気になって仕方がなかった。ワゴンを降りようとしたときの一発目が「なんでやねん!」でしょ。その後は立て続けに最近日本では全く耳することのなくなった「さんぺーです」「フォー」「ゲッツ」が飛んできて、丁重に右から左へ受け流してゆく・・・。なんてハイテンションなんだ、このおっさん。ヒラでは「日本での最新ギャグである『欧米か?!』を伝授してあげようか?」っと言っていた。優しすぎる、優しすぎるよ・・・。
ちなみに今回一緒にツアーに参加していた日本人カップルのエリさん・アツシさんカップルは、「新婚旅行ですか?」って聞いてみたら、「婚・前・旅・行」なんだって!わー!こういうスタイルの旅、はじめて聞いたなぁ!新鑑真号に乗って中国の上海から旅を始めてチベット、ネパール、インド、東南アジア、を旅し、1週間前にタイからダイレクトにエジプトまでやってきたのだという。現在旅をはじめて3ヶ月、エジプトのあとは南米のマチュピチュを見に行くことを計画しているとのこと。カップルで旅行しているのはいつも純粋に「いいなぁ・・・」って思うけど、婚前旅行はさらにその上を行き、「素敵だなぁ!!」って思うわぁ〜。は〜。厚かましくも式の予定を聞いてみると、今年の12月とのこと。わー、日本帰ったら大変そうだ。
王家の谷の麓には昔から小さな村があるのだが、まだこの地帯に多くの遺跡が眠っていることを理由にエジプト政府から退去を命じられているという。3年前からは断水が始まり、村人はわざわざ遠くから水を運んで生活をしているという。なんでそんなひどいことをするのだろう、っとその話を聞いたときは思ったが、ガイドさんがいうには政府が行っていることは正しいと言っていた。というのも、遺跡を内緒で採掘して、ブラックマーケットで売るという人たちが後を絶たないのだという。最近ではある村人が遺跡目当てで家の地下を内緒で採掘していたところ、本当に遺跡が存在したのだが、採掘していた主人は遺跡の下に転落し、命を落としてしまったそうだ。今回のケースは主人が転落死してしまったから発覚したものの、今もどこかの民家で遺跡が掘りだされているかもしれない、のだという。理屈はわかるのだけれども、村人はずっと前からその地に住んでいただけに、なんだか複雑な気分になった。
8時20分頃、長身で少し頭が涼しげなおじさんが私たちを迎えに来てくれた。おじさんは一言もしゃべらずに私たちをただワゴンに誘導していたので、「このおじさん、一体何者?」っと二人で思っていたが、実は今日のガイドさんだった。ワゴンにはすでに日本人のカップルと、アイルランド人の3名が乗っており、私たちが乗り込むとガイドさんが挨拶を始めた。どうやら7人でのツアーになりそうだ。
さっきまで無口だったおじさんは、マイクを持つとまるで別人のように変わった。まるでどっかのスイッチが入ったように早口自分の経歴を話し、掴みとして各国の観光客の見分け方を寒いギャグを添えてはにやにやと笑いながら話した。ガイドさんの名前はアラディンさん。考古学や歴史以外にも多くを勉強しており、おまけにダイビングのインストラクターもやっているとのこと。180センチぐらいの長身で、はにかんだ笑顔がちょっと不気味。日本にも行ったことがあり、中でも熊本が一番お気に入りらしい。それにしてもルクソールはなんて日本通の多い地域なんだろう。
王家の谷に向っている途中、興味深い話をきいた。現在、エジプトでは主要道路の近くにサトウキビ畑はないとのこと。サトウキビ畑はテロリストが潜伏するのに格好の場所であるゆえ、過去エジプトで起こったテロ事件のすべてサトウキビ畑から襲撃されたものであり、以後、観光客は激減した。事態を重くみたエジプト政府が道路近くのサトウキビ畑を一掃し、現在サトウキビ畑の跡地には、クローバーが植えられているとのこと。
世界最大の川、6670mのナイル川を越えると、前方に土色の山と、四角い窓がいくつもぽつぽつと開いた岩の壁が見えてきた。王家の谷だ!ここルクソールはかつてテーベと呼ばれ、中王国、新王国、そして末期王朝時代の一時期には首都として栄えた。そして新王朝時代の王(ファラオ)たちは盗掘を防ぐためにルクソール西岸にあるこの奥深い谷に、死後の安住の地を求めたのだという。それがこの「王家の谷」だという。残念ながら多くの金銀財宝は盗掘されてしまったが、その中で唯一残されていた宝が、先日カイロの考古学博物館で見たツタンカーメンの宝である。
まず車が止まったのはメムノンの巨像前だった。説明をよく聞いていなかったのでこれが何であるかよくわからなかったが、二体揃って顔はスターウォーズに出てくる悪者の兵士みたいだった。補習されたといっているが、顔は見事につぶれて、特に感想もなし。それよりガイドさんのしょうもない日本のギャグのほうが気になって仕方がなかった。ワゴンを降りようとしたときの一発目が「なんでやねん!」でしょ。その後は立て続けに最近日本では全く耳することのなくなった「さんぺーです」「フォー」「ゲッツ」が飛んできて、丁重に右から左へ受け流してゆく・・・。なんてハイテンションなんだ、このおっさん。ヒラでは「日本での最新ギャグである『欧米か?!』を伝授してあげようか?」っと言っていた。優しすぎる、優しすぎるよ・・・。
ちなみに今回一緒にツアーに参加していた日本人カップルのエリさん・アツシさんカップルは、「新婚旅行ですか?」って聞いてみたら、「婚・前・旅・行」なんだって!わー!こういうスタイルの旅、はじめて聞いたなぁ!新鑑真号に乗って中国の上海から旅を始めてチベット、ネパール、インド、東南アジア、を旅し、1週間前にタイからダイレクトにエジプトまでやってきたのだという。現在旅をはじめて3ヶ月、エジプトのあとは南米のマチュピチュを見に行くことを計画しているとのこと。カップルで旅行しているのはいつも純粋に「いいなぁ・・・」って思うけど、婚前旅行はさらにその上を行き、「素敵だなぁ!!」って思うわぁ〜。は〜。厚かましくも式の予定を聞いてみると、今年の12月とのこと。わー、日本帰ったら大変そうだ。
王家の谷の麓には昔から小さな村があるのだが、まだこの地帯に多くの遺跡が眠っていることを理由にエジプト政府から退去を命じられているという。3年前からは断水が始まり、村人はわざわざ遠くから水を運んで生活をしているという。なんでそんなひどいことをするのだろう、っとその話を聞いたときは思ったが、ガイドさんがいうには政府が行っていることは正しいと言っていた。というのも、遺跡を内緒で採掘して、ブラックマーケットで売るという人たちが後を絶たないのだという。最近ではある村人が遺跡目当てで家の地下を内緒で採掘していたところ、本当に遺跡が存在したのだが、採掘していた主人は遺跡の下に転落し、命を落としてしまったそうだ。今回のケースは主人が転落死してしまったから発覚したものの、今もどこかの民家で遺跡が掘りだされているかもしれない、のだという。理屈はわかるのだけれども、村人はずっと前からその地に住んでいただけに、なんだか複雑な気分になった。
- 2007.07.09 Monday
- エジプト
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カルナック神殿と腹痛
2007.07.10 Tuesday
昨日は寝るのがちょっと遅かったので、今日は少し遅めの起床。今日の予定は東岸のカルナック神殿を見に行くだけであとはゆっくりというのんびりデー。
14歳の小さなコック、アシュラフくんが作ってくれた朝食を食べて、いざ部屋に戻ろうとすると、レセプションのスズキタナカさんが「君たちの空調のある部屋に泊まりたいといっている子供連れの家族がいるのだが、一日だけ他の部屋に移動してくれないか」と言われた。なにやら事情をきてみると、その家族は子供が居るが故に空調の部屋がいいのだがどこの部屋も空いていないらしく、しかももうこの家族はすでに部屋代を支払っているのだという。まぁ簡単にいいますと、私たちは25ポンドという安さで泊まって空調のある部屋に泊まっているので、高い部屋代を払った家族に譲ってくれっというだった。今の部屋はかなり気に入っていたので、移動したくなかったけれども、私たちにはもはや『移動しない』という選択肢はなく、3階のトイレ・シャワーが別の部屋か1階のトイレ・シャワー付の部屋に移動するしかなかった。両方の部屋を見せてもらった結果、1階の部屋はなんだか暗くてじめっとした感じだったので、窓があり明るい3階の部屋へ移動することにした。散らかった荷物をまとめて、移動すると、タナカスズキさんは「日本人はほんとうにいい人〜。」って言っていた。いや、だって仕方がないじゃん・・・。おかげで遺跡への出発が30分近く遅れた・・・。
とっとと部屋の移動を終えると、私たちはまずカルナック神殿へ向うマイクロバスを捕まえるために近くのサラ・フッディーン広場へ向った。向っている途中、二匹のやつれたロバたちが、夏の暑さと仕事のストレスで疲れきったサラリーマンのようにレンガの影でうなだれていた。そうだよね、この暑さで荷物をひくのは大変だよね・・・。迷わずシャッターを切る。広場に到着すると、私たちは目的地へ向うバスを見つけるべく、通りすぎるマイクロバスに一台一台声をかけた。とめどなく来るマイクロバスを止めては助手席の人に「カルナック?」っと聞いてみるが、なかなか首を縦に振ってくれない。昨日もー太郎さんカルナック神殿へ向うバスの捕まえ方を聞いたら「カルナック神殿へ向うマイクロバスは少ないので、15分ぐらい粘る必要があるかも」って言われが、やっぱりそう簡単には見つからない。そう思いながらめげずに声をかけていると、私の後ろのほうでは、ヒラデが昨日もー太郎さんに教えてもらったように右腕を垂直に上げて、手で何かを掴むような仕草でマイクロバスを止めては、カルナック行きかどうかを尋ねている。ちょっとかっこよかったりして。待つこと約5分、思ったよりも早くカルナック神殿行きのマイクロバスが見つかり、私たちは急いで満員のマイクロバスに乗り込んだ。ヒラデは席がなく、しばらくの間、空気椅子の状態でマイクロバスに乗っていた。すまん!カルナック神殿までの料金は25PT(5円)ととっても安い。

ロバたち。
ルクソール駅を横切って走ること20分、目的地であるカルナック神殿に到着した。時計の針はすでに10時半を指しており、チケット売り場前はすでに多くのツアー客でごった返していた。予定よりも随分遅くついてしまったので、ツアー客と同じ時間に観光することになってしまった。うーん、残念。さておき、私たちも急いでチケットを買い、ツアー客に紛れて入場した。
カルナック神殿の中はとても広く、入り口を通ると目の前には巨大なラムセス2世の巨像があったり、その右手には羊のような、ライオンのような像がいくつもあったりと、存在感のある像が目についた。でもその中でも私が圧倒さされたのは、第2塔門の奥に配置されたいくつもの大列柱だった。エンドレスに続くように並べられた柱は全部で134本あり、柱には高さ23mと15mの大小二種類があるとのこと。柱の一本一本には丁寧にレリーフが施されており、それを囲っている四方の壁にも繊細でレリーフが描かれていた。毎度のごとく?柱にしがみついてみるが、届くはずはなく、変なポーズで記念撮影をする。柱のちょっとした座れるスペースに腰掛けて、ポカリを飲みながら柱の上部を見上げると、赤や黄色、緑といった色のついたレリーフが描かれていた。天井はカラーだったんだー。へー。柱も以前はカラーだったが、色褪せてしまったのかなぁ?

しがみつく。

柱のレリーフ
遺跡の話とは違うけれども、遺跡のような観光地へ行くと欧米系の女性旅行者のたちの服装が眩しくて、たまには目のやり場に困って仕方が無い。女の私ですら、「おー!(絶句)」っとたまに思ってしまう人がいたりする。タンクトップは当たり前として、ビキニのようなトップスを身につけていたり、お尻が半分見えている超ミニスカートをはいていたり・・・。白いミニスカートの腰あたりからT-バッグが見えたときはさすがにお手上げ状態だった・・・。ガイドブックにも『イスラムの世界では女の人はなるべく肌の露出を控えたほうがいい』、っと書いてあったりするんだけど、彼女たちにとってはそんなの全然関係ないんだろうね。
その後も小まめに日陰で休みながら神殿の奥へ奥へと進み観光したのだが、気温が45度の中の遺跡探索は予想以上に体力を消耗して、疲れた。2時間ぐらい遺跡を一通り見ると、再びもとの広場へ戻るマイクロバスに乗り込み、宿へ戻った。
14歳の小さなコック、アシュラフくんが作ってくれた朝食を食べて、いざ部屋に戻ろうとすると、レセプションのスズキタナカさんが「君たちの空調のある部屋に泊まりたいといっている子供連れの家族がいるのだが、一日だけ他の部屋に移動してくれないか」と言われた。なにやら事情をきてみると、その家族は子供が居るが故に空調の部屋がいいのだがどこの部屋も空いていないらしく、しかももうこの家族はすでに部屋代を支払っているのだという。まぁ簡単にいいますと、私たちは25ポンドという安さで泊まって空調のある部屋に泊まっているので、高い部屋代を払った家族に譲ってくれっというだった。今の部屋はかなり気に入っていたので、移動したくなかったけれども、私たちにはもはや『移動しない』という選択肢はなく、3階のトイレ・シャワーが別の部屋か1階のトイレ・シャワー付の部屋に移動するしかなかった。両方の部屋を見せてもらった結果、1階の部屋はなんだか暗くてじめっとした感じだったので、窓があり明るい3階の部屋へ移動することにした。散らかった荷物をまとめて、移動すると、タナカスズキさんは「日本人はほんとうにいい人〜。」って言っていた。いや、だって仕方がないじゃん・・・。おかげで遺跡への出発が30分近く遅れた・・・。
とっとと部屋の移動を終えると、私たちはまずカルナック神殿へ向うマイクロバスを捕まえるために近くのサラ・フッディーン広場へ向った。向っている途中、二匹のやつれたロバたちが、夏の暑さと仕事のストレスで疲れきったサラリーマンのようにレンガの影でうなだれていた。そうだよね、この暑さで荷物をひくのは大変だよね・・・。迷わずシャッターを切る。広場に到着すると、私たちは目的地へ向うバスを見つけるべく、通りすぎるマイクロバスに一台一台声をかけた。とめどなく来るマイクロバスを止めては助手席の人に「カルナック?」っと聞いてみるが、なかなか首を縦に振ってくれない。昨日もー太郎さんカルナック神殿へ向うバスの捕まえ方を聞いたら「カルナック神殿へ向うマイクロバスは少ないので、15分ぐらい粘る必要があるかも」って言われが、やっぱりそう簡単には見つからない。そう思いながらめげずに声をかけていると、私の後ろのほうでは、ヒラデが昨日もー太郎さんに教えてもらったように右腕を垂直に上げて、手で何かを掴むような仕草でマイクロバスを止めては、カルナック行きかどうかを尋ねている。ちょっとかっこよかったりして。待つこと約5分、思ったよりも早くカルナック神殿行きのマイクロバスが見つかり、私たちは急いで満員のマイクロバスに乗り込んだ。ヒラデは席がなく、しばらくの間、空気椅子の状態でマイクロバスに乗っていた。すまん!カルナック神殿までの料金は25PT(5円)ととっても安い。
ロバたち。
ルクソール駅を横切って走ること20分、目的地であるカルナック神殿に到着した。時計の針はすでに10時半を指しており、チケット売り場前はすでに多くのツアー客でごった返していた。予定よりも随分遅くついてしまったので、ツアー客と同じ時間に観光することになってしまった。うーん、残念。さておき、私たちも急いでチケットを買い、ツアー客に紛れて入場した。
カルナック神殿の中はとても広く、入り口を通ると目の前には巨大なラムセス2世の巨像があったり、その右手には羊のような、ライオンのような像がいくつもあったりと、存在感のある像が目についた。でもその中でも私が圧倒さされたのは、第2塔門の奥に配置されたいくつもの大列柱だった。エンドレスに続くように並べられた柱は全部で134本あり、柱には高さ23mと15mの大小二種類があるとのこと。柱の一本一本には丁寧にレリーフが施されており、それを囲っている四方の壁にも繊細でレリーフが描かれていた。毎度のごとく?柱にしがみついてみるが、届くはずはなく、変なポーズで記念撮影をする。柱のちょっとした座れるスペースに腰掛けて、ポカリを飲みながら柱の上部を見上げると、赤や黄色、緑といった色のついたレリーフが描かれていた。天井はカラーだったんだー。へー。柱も以前はカラーだったが、色褪せてしまったのかなぁ?
しがみつく。
柱のレリーフ
遺跡の話とは違うけれども、遺跡のような観光地へ行くと欧米系の女性旅行者のたちの服装が眩しくて、たまには目のやり場に困って仕方が無い。女の私ですら、「おー!(絶句)」っとたまに思ってしまう人がいたりする。タンクトップは当たり前として、ビキニのようなトップスを身につけていたり、お尻が半分見えている超ミニスカートをはいていたり・・・。白いミニスカートの腰あたりからT-バッグが見えたときはさすがにお手上げ状態だった・・・。ガイドブックにも『イスラムの世界では女の人はなるべく肌の露出を控えたほうがいい』、っと書いてあったりするんだけど、彼女たちにとってはそんなの全然関係ないんだろうね。
その後も小まめに日陰で休みながら神殿の奥へ奥へと進み観光したのだが、気温が45度の中の遺跡探索は予想以上に体力を消耗して、疲れた。2時間ぐらい遺跡を一通り見ると、再びもとの広場へ戻るマイクロバスに乗り込み、宿へ戻った。
- 2007.07.10 Tuesday
- エジプト
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二人揃ってダウン。
2007.07.11 Wednesday
こんなに高熱にうなされたのはほんまいつ振りだろう。確か今年の2月ぐらいに一度熱を出して寝込んだことがあったが、こんなに高熱でなかったと思う。ヒラデが日本から持参した冷えピタシートをおでこに貼り付け、横になってみるが体の中心が熱くて意識が朦朧とする。解熱剤のEVEを服用することも一瞬考えたが、自分の体の中の細胞さんたちが頑張ってエジプトの悪い菌どもと戦っていることを想像すると、やっぱり飲むのをやめることにした。毎度旅でお世話になっている胃腸薬と正露丸を流し込み、ベッドにまた倒れる。胃の痛みは昼間に比べたらだいぶ治まってきたものの、お腹は下すし、体はだるいし、自分の体じゃないみたいだった。睡眠前に日本から持参したポカリの粉末を1.5リットルの水の中にと溶かしこみ、熱で夜中に目が覚めては生ぬるいポカリを乾いた喉に流し込んでベッドに倒れるという動作を何度も何度も繰り返した。
夜中の高熱との格闘のおかげで、明け方には熱はひいて体がだいぶ楽になっていた。よくがんばった、私の細胞たち。でもまだお腹の調子が回復してないので、引き続きがんばっておくれよ〜っと硬めのベッドの上でブンブンと勢いよくファンが回る天井を見上げながらボケーっとしていると、隣でヒラデの「ひとちゃん〜」っと助けを求める声が聞こえた。すぐに起き上がって傍によると「さっきから全身の痙攣が止まらない」っと言って少しパニック状態になっていた。きっと貧血の症状だろう。自分のベッドともう一つのベッドの枕二つを彼女の足元に置き、その上に彼女の足を乗せた。しばらくすると痙攣は徐々におさまり、同時に彼女は落ち着きを取り戻した。痙攣は彼女にとって初めての経験だったようだ。そういえば私もはじめて痙攣を起こしたときは動揺したなぁ。私の少ない医学知識で友達を助けることができて、よかった。
9時半になり、朝食を食べるか食べないか迷ったが、やっぱり何かお腹に入れないといけないと思い、まだベッドで横になるヒラデを置いて一人で朝食を食べることにした。今日もメニューは昨日と同じ。作ってもらっている身分でこんなことを言うのは失礼だが、さすがに3日連続同じ朝食は飽きてくる。しかもお腹の調子が悪いということもあり、油ぎとぎとの卵焼きは食べれそうになく、3口しか口へ運ぶことができなかった。
薄暗いダイニングのイスの上で三角座りしながら、もさもさといちじくジャムをつけながらパンを食べていると、私たちを宿に連れてきたハマダ(これは別に日本の苗字を名乗っているのではなくて、本当に現地でのニックネーム)が「ワンメネッツ、ワンメネッツ」っと言って私をロビーのほうへ呼び寄せた。お腹痛いんですけど・・・そう思いながらとりあえずついて言ってみると、荷物を持った台湾人の女の子三人組がロビーにいた。おじさんは台湾人の女の子たちに向って「彼女はもう3日間もここにいるんだ。ここいい宿であることを説明してやってくれ」っというので、「はぁ」っと少々呆れながら「まぁ、人は優しいし、いい宿よ」っと説明した。その後ツアーのこととかも色々と聞かれたので、思ったとおりのことを答えた。途中お腹が痛くなったので、一時離れてそのあとはまたダイニングに戻ったので、最終的にどうしたかはしらないけれども、体調の悪いときに引っ張りだされてちょっと参った。
午後は引き続き部屋でダウン。途中もー太郎さんが様子を見に来てくれた。私は横になっていたが、ヒラデに「スープとか飲みたかったら、作ってもらうから言ってね」っと言っていた。優しいよー。でも夕方頃には立って歩けるまで回復していたので、二人で元気を振り絞り、エジプト航空のオフィスへ行きリコンファームと、ついでに少し両替もした。6時ごろに出かけたのだが、日が沈む気配は全くなく、影が傾いてきたももののやっぱり暑い。戻って再び二人で横になる。

町並みその1

町並みその2

町並みその3
夕食は初日に行ったレストランでスープとご飯を注文した。でもご飯は予想していた通り油で炒められていて、野菜スープと一緒に流し込んだものの、胃がもたれたような気がする。こういうときは白米が食べたいよー、とほほ。
いよいよ明日はこのルクソールとしばしのお別れ。宿へ戻ると、今回お世話になったこの宿の人たちへ感謝の気持ちをこめて、私が日本から持参した上等な友禅おり紙で折鶴を一人一ずつ折った。以前旅行へ行った時に、お世話になった人たちへ何かお礼的なものをしたかったけど、するすべがなかったので、今回は忘れずに日本から持参してきたのでした。荷物をまとめると、慣れた手つきで薬一式口へ押し込むといつの間にか眠っていた。ヒラでは昨日見れなかったベリーダンスに行きたがっていたけど、夜にもー太郎さんと会えなかったので、またルクソールに戻ってきたときに連れて行ってもらうよう、お願いすることにした。
それにしても旅に行っても全然体調を壊さない健康体の人に憧れる〜。私もアイロンウマンになりたい。あー、ないものねだり。私の体よ、早くよくなれー、よくなれー。
夜中の高熱との格闘のおかげで、明け方には熱はひいて体がだいぶ楽になっていた。よくがんばった、私の細胞たち。でもまだお腹の調子が回復してないので、引き続きがんばっておくれよ〜っと硬めのベッドの上でブンブンと勢いよくファンが回る天井を見上げながらボケーっとしていると、隣でヒラデの「ひとちゃん〜」っと助けを求める声が聞こえた。すぐに起き上がって傍によると「さっきから全身の痙攣が止まらない」っと言って少しパニック状態になっていた。きっと貧血の症状だろう。自分のベッドともう一つのベッドの枕二つを彼女の足元に置き、その上に彼女の足を乗せた。しばらくすると痙攣は徐々におさまり、同時に彼女は落ち着きを取り戻した。痙攣は彼女にとって初めての経験だったようだ。そういえば私もはじめて痙攣を起こしたときは動揺したなぁ。私の少ない医学知識で友達を助けることができて、よかった。
9時半になり、朝食を食べるか食べないか迷ったが、やっぱり何かお腹に入れないといけないと思い、まだベッドで横になるヒラデを置いて一人で朝食を食べることにした。今日もメニューは昨日と同じ。作ってもらっている身分でこんなことを言うのは失礼だが、さすがに3日連続同じ朝食は飽きてくる。しかもお腹の調子が悪いということもあり、油ぎとぎとの卵焼きは食べれそうになく、3口しか口へ運ぶことができなかった。
薄暗いダイニングのイスの上で三角座りしながら、もさもさといちじくジャムをつけながらパンを食べていると、私たちを宿に連れてきたハマダ(これは別に日本の苗字を名乗っているのではなくて、本当に現地でのニックネーム)が「ワンメネッツ、ワンメネッツ」っと言って私をロビーのほうへ呼び寄せた。お腹痛いんですけど・・・そう思いながらとりあえずついて言ってみると、荷物を持った台湾人の女の子三人組がロビーにいた。おじさんは台湾人の女の子たちに向って「彼女はもう3日間もここにいるんだ。ここいい宿であることを説明してやってくれ」っというので、「はぁ」っと少々呆れながら「まぁ、人は優しいし、いい宿よ」っと説明した。その後ツアーのこととかも色々と聞かれたので、思ったとおりのことを答えた。途中お腹が痛くなったので、一時離れてそのあとはまたダイニングに戻ったので、最終的にどうしたかはしらないけれども、体調の悪いときに引っ張りだされてちょっと参った。
午後は引き続き部屋でダウン。途中もー太郎さんが様子を見に来てくれた。私は横になっていたが、ヒラデに「スープとか飲みたかったら、作ってもらうから言ってね」っと言っていた。優しいよー。でも夕方頃には立って歩けるまで回復していたので、二人で元気を振り絞り、エジプト航空のオフィスへ行きリコンファームと、ついでに少し両替もした。6時ごろに出かけたのだが、日が沈む気配は全くなく、影が傾いてきたももののやっぱり暑い。戻って再び二人で横になる。
町並みその1
町並みその2
町並みその3
夕食は初日に行ったレストランでスープとご飯を注文した。でもご飯は予想していた通り油で炒められていて、野菜スープと一緒に流し込んだものの、胃がもたれたような気がする。こういうときは白米が食べたいよー、とほほ。
いよいよ明日はこのルクソールとしばしのお別れ。宿へ戻ると、今回お世話になったこの宿の人たちへ感謝の気持ちをこめて、私が日本から持参した上等な友禅おり紙で折鶴を一人一ずつ折った。以前旅行へ行った時に、お世話になった人たちへ何かお礼的なものをしたかったけど、するすべがなかったので、今回は忘れずに日本から持参してきたのでした。荷物をまとめると、慣れた手つきで薬一式口へ押し込むといつの間にか眠っていた。ヒラでは昨日見れなかったベリーダンスに行きたがっていたけど、夜にもー太郎さんと会えなかったので、またルクソールに戻ってきたときに連れて行ってもらうよう、お願いすることにした。
それにしても旅に行っても全然体調を壊さない健康体の人に憧れる〜。私もアイロンウマンになりたい。あー、ないものねだり。私の体よ、早くよくなれー、よくなれー。
- 2007.07.11 Wednesday
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アスワンに到着
2007.07.12 Thursday
病み上がり1日目。二人とも体調は良くなってきたが、まだまだお腹の調子がよくならない。胃の痛みもう治まったものの、胃に爆弾を抱えているかのようだった。二人揃って覇気のない表情で朝食を取ると、荷物をもち、ロビーへ出た。夜はにぎやかなロビーだが、この時間はいつも朝食を作ってくれるアシュラフしかいなかった。彼にもー太郎さんへの置き手紙と昨日折った折鶴を渡すと、彼は少し照れ笑いをしながら、受け取ってくれた。ここの宿もしばしお別れ。
久しぶりに荷物を背に背負い、駅へと続く土の道を歩いた。まだ朝が早いせいか、人の数もまばらで静かだー。駅へ着くと、偶然駅の入り口にルクソール初日に色々とお世話になったスズキさんがいた。私は今日アスワンへ旅立つがまたルクソールへ戻ってくること、そして受付にもー太郎さんへの手紙を置いていったことを伝えると、スズキさんは素敵な口ひげを上げてにっこりと笑い、手を差し出して堅い握手を交わしてくれた。本当にいい人だー。
列車が来るまでの時間、私はひたすらボーっとプラットホームで溢れた人を観察し、ヒラデは隣に居たややお節介気味のエジプト人のおっちゃんから指差し本でアラビア語のレクチャーを受けていた。おじさんはその本が楽しくて仕方がないらしく、単語を指差してはヒラデに言わせていた。この勢いでエジプト語が上達するのかしら、彼女。大いに期待しよう。
列車がホームに着いたのは、予定よりも30分近く遅れた10時前だった。私たちは急いで自分たちの車両である4号車を探すが、どこにあるかわからない。右へいったり、左へいったり・・・。私たちと同じように自分たちの車両を探すカップルがいて、すれ違ったときに「すれ違いですね(笑)」っと声かけられた。同じ境遇者同士で、なんだか笑えた。
発車の時間までに無事に車両と座席を探し、乗り込むことができた。二等席は日本の新幹線の座席のように、リクライニングができて、前の座席との間も広い(もっとも車内の床は新幹線とは違い、ゴミで溢れているが・・・)。一等よりも二等のほうが快適と聞いていたが、確かに快適だった。相変わらず空調は効いて寒かったが、外の景色を見ながら小説を読んだり、音楽を聴いたりしていたので、一等のときほど気にはならなかった。それよりも気になったのが、私たちの斜め後ろに座っていた二名のエジプト人の男性。まるまると太った体が収まらないためか、二人とも曲がれ左のポーズで背中を丸くして寝ている。その姿があまりにも可愛すぎて激写。
外の風景はのどかな田園風景からビルや人通りのある町の風景に変わると、列車は速度を落とし、ゆっくりとアスワン駅に入っていった。すぐに下車して駅の外へ出てみると、早速客引きの餌食になる。アスワンで泊まってみたいと思った宿はあったけれども、とりあえず声をかけられたおじさんの言う宿まで行ってみることにした。
久しぶりに荷物を背に背負い、駅へと続く土の道を歩いた。まだ朝が早いせいか、人の数もまばらで静かだー。駅へ着くと、偶然駅の入り口にルクソール初日に色々とお世話になったスズキさんがいた。私は今日アスワンへ旅立つがまたルクソールへ戻ってくること、そして受付にもー太郎さんへの手紙を置いていったことを伝えると、スズキさんは素敵な口ひげを上げてにっこりと笑い、手を差し出して堅い握手を交わしてくれた。本当にいい人だー。
列車が来るまでの時間、私はひたすらボーっとプラットホームで溢れた人を観察し、ヒラデは隣に居たややお節介気味のエジプト人のおっちゃんから指差し本でアラビア語のレクチャーを受けていた。おじさんはその本が楽しくて仕方がないらしく、単語を指差してはヒラデに言わせていた。この勢いでエジプト語が上達するのかしら、彼女。大いに期待しよう。
列車がホームに着いたのは、予定よりも30分近く遅れた10時前だった。私たちは急いで自分たちの車両である4号車を探すが、どこにあるかわからない。右へいったり、左へいったり・・・。私たちと同じように自分たちの車両を探すカップルがいて、すれ違ったときに「すれ違いですね(笑)」っと声かけられた。同じ境遇者同士で、なんだか笑えた。
発車の時間までに無事に車両と座席を探し、乗り込むことができた。二等席は日本の新幹線の座席のように、リクライニングができて、前の座席との間も広い(もっとも車内の床は新幹線とは違い、ゴミで溢れているが・・・)。一等よりも二等のほうが快適と聞いていたが、確かに快適だった。相変わらず空調は効いて寒かったが、外の景色を見ながら小説を読んだり、音楽を聴いたりしていたので、一等のときほど気にはならなかった。それよりも気になったのが、私たちの斜め後ろに座っていた二名のエジプト人の男性。まるまると太った体が収まらないためか、二人とも曲がれ左のポーズで背中を丸くして寝ている。その姿があまりにも可愛すぎて激写。
外の風景はのどかな田園風景からビルや人通りのある町の風景に変わると、列車は速度を落とし、ゆっくりとアスワン駅に入っていった。すぐに下車して駅の外へ出てみると、早速客引きの餌食になる。アスワンで泊まってみたいと思った宿はあったけれども、とりあえず声をかけられたおじさんの言う宿まで行ってみることにした。
- 2007.07.12 Thursday
- エジプト
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長い、長い観光
2007.07.13 Friday
もうちょっと寝たい・・・でも今日はアブシンベルツアーに行くので眠たい体を起こして準備をする。朝食を食べるために1階のレストとランへ行って見ると、すでに朝食は準備されており、私たちは座って黙々と食べた。飲み物がなかったので、「紅茶とかないの?」っとスタッフの若い兄ちゃんに聞いてみると、「飲み物はない」って言われた。仕方がなく、水とパンで食べる。組み合わせはよろしくない。
3時半にはロビーにいたが、ワゴンの迎えが来たのは4時だった。今日この宿からこのツアーに参加するのは私たちと沢山三つ編みをしたマライヤキャリーのように美人さんの3人だった。すでに10人ほどがバスに居て、私たちは一番後ろの席に案内された。
全員揃うと、バスはアブシンベルへ向けて真っ暗な道を走り出した。っと思ったのもつかの間、走り出して15分もしないうちにワゴンは道の傍らに停車した。どういうわけか、ワゴンはそのまま30分以上の場で停車しつづけ、再び出発したのは5時近かったと思う。警察の検問のようなところで待たされていたが、一体なんだったんだろう。
私の隣には欧米系の夫婦が座っており、お母さんのひざの上には7歳ぐらいの女の子が座っていたのだが、彼女の足がしょっちゅう私の足に当たり、iPODでROVOを聞いていた私は幾度となく起こされた。「マミー、マミー」っと朝の5時なのに甘えた声を出しやがって・・・このー、小娘早くねろー。でも、親もかなり手を焼いている感じだった。
3時間後、バスはアブシンベルに到着した。9割型寝ていたので、車の中からの朝焼けを見逃し、到着したころには日はもうだいぶ上がっていた。運転手は「集合は1時間半後の8時30」っと言うと、あとは自由行動らしかった。今回はツアーというつつも、ガイドはないのか、少し残念な気持ちになった。私たちは早々トイレへ向った。行ってみると、ドアの前でおばさんがティッシュをもって立っている。通ろうとすると、「1ポンド」って言われた。やだよー、っと拒絶反応をしめしていると、おばさんは渋々私たちを中に入れてくれた。エジプトの観光地でトイレへ行くと、大抵の場所ではトイレの番人とも言える人たちティッシュを持って待機しているのだが、掃除しているようには見えないし、ティッシュを渡すことでお金を得ているのだろうか。それでも1ポンドなんて30人からもらっていたらそれだけで30ポンド(600円)じゃん。こんなせこい稼ぎ方は納得できん。
チケットを購入して中へ入ると、道が左右にあり、私たちは大神殿へとつながる右側の遊歩道を進むことにした。目の前には広大なナセル湖が広がり、大きな朝日が眩しい光を放っている。さすが赤道に近いだけあって、太陽がでかい!写真はちょっと大げさ写っているけれども、普段見ている太陽の3倍ぐらいは大きかったかも。そしてそのさらにその進むと左手に巨大なアブシンベル神殿が見えた。「でかい!」思わず声を上げてしまった。「天空の城ラピュタ」の巨人兵のようなラムセス2世の像が3体もある。(例えちょっとおかしいかな?)すごい迫力だ。すでに多くのツアー客が神殿の前でごったがえしており、私たちも負けじと神殿のほうへ向った。

太陽がでっかーい。

大神殿だよーん。
ここでアブシンベル神殿について少し豆知識を。実は現在のアブシンベル神殿は、本来あった場所よりも60m上の位置にある。アスワンハイダムの建設によってこのアブシンベル神殿を始め、いくつかの貴重な遺跡が水没の危機にあったのだが、ユネスコによって救済され今の場所に移設されたのだという。つまりは、本来あった場所は、いまや湖の底。世界に誇れる遺跡を水没させてダムを作っちゃうエジプト政府に驚くが、その遺跡をそっくりそのまま移設させちゃった技術にはもっと驚く。
正面にどでかいラムセス2世の像があることで分かるように、この神殿を建設したのはラムセス2世ご本人。私がもし王だとしたら、こんな巨像恥ずかしくて作らないよ。というか、そもそも王になれないよ、あんた。・・・。残念ながら4体のうちの1体崩れてしまっているが、4体揃っていたら相当迫力があっただろうなぁ。正面から大神殿の中へ入れる入り口があり、二人でいくつもの小部屋に分かれた神殿のレリーフを見学する。神殿の中は少し息苦しかったけど、間接照明に灯されて、古代にタイムスリップしたみたいだった。隣の小神殿も同じように中を見学したけれども、こっちは大神殿に比べて小規模だった。

小神殿だす。
集合時間にバスへ戻ると、バスは次の観光地であるイシス神殿へ向って走り出した。何もない、土色の大地を再び3時間かけて戻る。私は起きていたのだが、バスの中のほとんど人たちは泥のように眠っていた。
3時半にはロビーにいたが、ワゴンの迎えが来たのは4時だった。今日この宿からこのツアーに参加するのは私たちと沢山三つ編みをしたマライヤキャリーのように美人さんの3人だった。すでに10人ほどがバスに居て、私たちは一番後ろの席に案内された。
全員揃うと、バスはアブシンベルへ向けて真っ暗な道を走り出した。っと思ったのもつかの間、走り出して15分もしないうちにワゴンは道の傍らに停車した。どういうわけか、ワゴンはそのまま30分以上の場で停車しつづけ、再び出発したのは5時近かったと思う。警察の検問のようなところで待たされていたが、一体なんだったんだろう。
私の隣には欧米系の夫婦が座っており、お母さんのひざの上には7歳ぐらいの女の子が座っていたのだが、彼女の足がしょっちゅう私の足に当たり、iPODでROVOを聞いていた私は幾度となく起こされた。「マミー、マミー」っと朝の5時なのに甘えた声を出しやがって・・・このー、小娘早くねろー。でも、親もかなり手を焼いている感じだった。
3時間後、バスはアブシンベルに到着した。9割型寝ていたので、車の中からの朝焼けを見逃し、到着したころには日はもうだいぶ上がっていた。運転手は「集合は1時間半後の8時30」っと言うと、あとは自由行動らしかった。今回はツアーというつつも、ガイドはないのか、少し残念な気持ちになった。私たちは早々トイレへ向った。行ってみると、ドアの前でおばさんがティッシュをもって立っている。通ろうとすると、「1ポンド」って言われた。やだよー、っと拒絶反応をしめしていると、おばさんは渋々私たちを中に入れてくれた。エジプトの観光地でトイレへ行くと、大抵の場所ではトイレの番人とも言える人たちティッシュを持って待機しているのだが、掃除しているようには見えないし、ティッシュを渡すことでお金を得ているのだろうか。それでも1ポンドなんて30人からもらっていたらそれだけで30ポンド(600円)じゃん。こんなせこい稼ぎ方は納得できん。
チケットを購入して中へ入ると、道が左右にあり、私たちは大神殿へとつながる右側の遊歩道を進むことにした。目の前には広大なナセル湖が広がり、大きな朝日が眩しい光を放っている。さすが赤道に近いだけあって、太陽がでかい!写真はちょっと大げさ写っているけれども、普段見ている太陽の3倍ぐらいは大きかったかも。そしてそのさらにその進むと左手に巨大なアブシンベル神殿が見えた。「でかい!」思わず声を上げてしまった。「天空の城ラピュタ」の巨人兵のようなラムセス2世の像が3体もある。(例えちょっとおかしいかな?)すごい迫力だ。すでに多くのツアー客が神殿の前でごったがえしており、私たちも負けじと神殿のほうへ向った。
太陽がでっかーい。
大神殿だよーん。
ここでアブシンベル神殿について少し豆知識を。実は現在のアブシンベル神殿は、本来あった場所よりも60m上の位置にある。アスワンハイダムの建設によってこのアブシンベル神殿を始め、いくつかの貴重な遺跡が水没の危機にあったのだが、ユネスコによって救済され今の場所に移設されたのだという。つまりは、本来あった場所は、いまや湖の底。世界に誇れる遺跡を水没させてダムを作っちゃうエジプト政府に驚くが、その遺跡をそっくりそのまま移設させちゃった技術にはもっと驚く。
正面にどでかいラムセス2世の像があることで分かるように、この神殿を建設したのはラムセス2世ご本人。私がもし王だとしたら、こんな巨像恥ずかしくて作らないよ。というか、そもそも王になれないよ、あんた。・・・。残念ながら4体のうちの1体崩れてしまっているが、4体揃っていたら相当迫力があっただろうなぁ。正面から大神殿の中へ入れる入り口があり、二人でいくつもの小部屋に分かれた神殿のレリーフを見学する。神殿の中は少し息苦しかったけど、間接照明に灯されて、古代にタイムスリップしたみたいだった。隣の小神殿も同じように中を見学したけれども、こっちは大神殿に比べて小規模だった。
小神殿だす。
集合時間にバスへ戻ると、バスは次の観光地であるイシス神殿へ向って走り出した。何もない、土色の大地を再び3時間かけて戻る。私は起きていたのだが、バスの中のほとんど人たちは泥のように眠っていた。
- 2007.07.13 Friday
- エジプト
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ビザの延長と楽しい?お買い物
2007.07.14 Saturday
今朝、昨日と同じレストランで朝食を取ったら、今日は紅茶が出た。対応してくれた人もとても感じのよいおじさんだったので、昨日は朝が早かったからおじさんがおらず、若いスタッフの兄ちゃんも紅茶を出せなかったのかもしれない。
今日はビザの延長と再入国手続きをするために、パスポートオフィスのあるアスワン警察へ向った。ナイル川のほとりに停泊する豪華客船を横目に、川沿いの道を南へ下ってゆく。朝が早いせいか、まだそれほど日差しが強くなく、朝の散歩はそれなりに快適だった。天気は今日も快晴だ。というか、エジプトに来て日中雲を見た覚えがない。空気中の水蒸気が蒸発してしまうほど、乾燥しているのかもしれない。

心も躍る、豪華客船。でも乗らない。
25分ほどして、アスワン警察近くに到着した。先に両替を済ませて警察に入って受付で用件を告げると、ボーイさんのような人が私たちを2階のパスポートオフィスのビザ延長のブースまで案内してくれた。ブースの中のおばさんに言われるがまま、まずパスポートを預けてベンチに座って待機した。パスポートオフィスは日本の役所とよく似ていて、奥のほうに特にやることなく座っている所長らしきおじさんがいた。受付は4つあるのだが、空いているブースはさきほど対応してくれたおばさんのブースしかなく、他のブースには天井にファンすら設置されていない。他の3つの窓口は、ほとんど使うことがないのかもしれない。
おばさんに呼ばれると私たちはそれぞれ延長したいビザの期間と、再入国したい回数を告げた。料金は私で72.25ポンド(1400円ぐらい)、ヒラデで62.25ポンドだった。意外と高いのね。お金を払い、写真や必要書類を提出すると、しばらくしてビザの延長のスタンプが押されて返ってきた。それで終わりかと思いきや、おばさんに「外へ行って、今から言う3つのページのコピーを取って来なさい」っと言われたので渋々二人で外へ行き、コピーを取った。再び警察署に戻り、窓口にコピーを提出すると、20分ほどしてパスポートが戻ってきた。中には先ほどの青いスタンプ以外に、赤いスタンプが増えてきた。これが再入国のスタンプらしいかった。漸く全ての手続きが終わった・・・かかった時間は約2時間・・・。おばさんは分厚い本を何冊も広げて手続きをしてくれた。アナログなのね・・・。対応してくれたおばさんは親切だった。
ここ一週間、全くインターネットをしていなかったので、今日こそするために近くのネットカフェに入ってみた。パソコンを確認してみると、日本語の文字は表示できるが、入力には対応していないようだった。「日本語入力できないですよね?」っと相談してみると、「40分待ってくれれば、できるような環境にしてあげる」っと言われた。こんなこと言われたのは初めてだったので、半信半疑だったがここはちょっと信用してみることにして、40分間喫茶店でジュースを飲みながら時間を潰した。再びネットカフェに戻ってみると、お兄さんの言ったとおりパソコンは日本語入力対応可能になっていた。やるじゃん、お兄さん!こういうことは初めてだったので、感動してしまった。ちなみにエクセルも入っていなかったので、「エクセルビューワー入れていいか?」っとお願いしたら、「好きなようにやればいい」っと言われた。日本のネットカフェだとUSBが使えなかったり、ソフトのインストールは禁止されていたりするが、それに比べて海外のネットカフェはかなり融通が効く。そういえばインターネットをしているとき、客同士で怒鳴りあいの喧嘩をしていた。店の人が止めに入ったが、こっちは少しひやひやしてしまった。

路地裏な感じ。
今日はビザの延長と再入国手続きをするために、パスポートオフィスのあるアスワン警察へ向った。ナイル川のほとりに停泊する豪華客船を横目に、川沿いの道を南へ下ってゆく。朝が早いせいか、まだそれほど日差しが強くなく、朝の散歩はそれなりに快適だった。天気は今日も快晴だ。というか、エジプトに来て日中雲を見た覚えがない。空気中の水蒸気が蒸発してしまうほど、乾燥しているのかもしれない。
心も躍る、豪華客船。でも乗らない。
25分ほどして、アスワン警察近くに到着した。先に両替を済ませて警察に入って受付で用件を告げると、ボーイさんのような人が私たちを2階のパスポートオフィスのビザ延長のブースまで案内してくれた。ブースの中のおばさんに言われるがまま、まずパスポートを預けてベンチに座って待機した。パスポートオフィスは日本の役所とよく似ていて、奥のほうに特にやることなく座っている所長らしきおじさんがいた。受付は4つあるのだが、空いているブースはさきほど対応してくれたおばさんのブースしかなく、他のブースには天井にファンすら設置されていない。他の3つの窓口は、ほとんど使うことがないのかもしれない。
おばさんに呼ばれると私たちはそれぞれ延長したいビザの期間と、再入国したい回数を告げた。料金は私で72.25ポンド(1400円ぐらい)、ヒラデで62.25ポンドだった。意外と高いのね。お金を払い、写真や必要書類を提出すると、しばらくしてビザの延長のスタンプが押されて返ってきた。それで終わりかと思いきや、おばさんに「外へ行って、今から言う3つのページのコピーを取って来なさい」っと言われたので渋々二人で外へ行き、コピーを取った。再び警察署に戻り、窓口にコピーを提出すると、20分ほどしてパスポートが戻ってきた。中には先ほどの青いスタンプ以外に、赤いスタンプが増えてきた。これが再入国のスタンプらしいかった。漸く全ての手続きが終わった・・・かかった時間は約2時間・・・。おばさんは分厚い本を何冊も広げて手続きをしてくれた。アナログなのね・・・。対応してくれたおばさんは親切だった。
ここ一週間、全くインターネットをしていなかったので、今日こそするために近くのネットカフェに入ってみた。パソコンを確認してみると、日本語の文字は表示できるが、入力には対応していないようだった。「日本語入力できないですよね?」っと相談してみると、「40分待ってくれれば、できるような環境にしてあげる」っと言われた。こんなこと言われたのは初めてだったので、半信半疑だったがここはちょっと信用してみることにして、40分間喫茶店でジュースを飲みながら時間を潰した。再びネットカフェに戻ってみると、お兄さんの言ったとおりパソコンは日本語入力対応可能になっていた。やるじゃん、お兄さん!こういうことは初めてだったので、感動してしまった。ちなみにエクセルも入っていなかったので、「エクセルビューワー入れていいか?」っとお願いしたら、「好きなようにやればいい」っと言われた。日本のネットカフェだとUSBが使えなかったり、ソフトのインストールは禁止されていたりするが、それに比べて海外のネットカフェはかなり融通が効く。そういえばインターネットをしているとき、客同士で怒鳴りあいの喧嘩をしていた。店の人が止めに入ったが、こっちは少しひやひやしてしまった。
路地裏な感じ。
- 2007.07.14 Saturday
- エジプト
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- プロフィール
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名前:ワノヲト
出身:大阪府
趣味:旅、曲作り。
自己紹介:
東京でWEBデザイナーをしながらたまに音楽し、たまに旅したり、たまにアクセ作ったり、たまに踊ったり、たまに山に行ったりする人。旅のスタイルはバックパック。今まで訪れた国々はアメリカ、中国、インド、ペルー、ボリビア、チリ、タイ、ベトナム、ラオス、カンボジア、トルコ、エジプト、モロッコ。一気に世界一周するよりも、ちょこちょこと楽しみながら中期間(2〜3ヶ月)かけて周るのが今好きなスタイル。できる限り色んな国を見てみたい。
個人のサイトに「アラビアンナイトの写真ギャラリー」もありますので、よかったらご覧になってみてくださいね。
http://www.wanooto.net/
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